「アートの歴史は、たかだか200年だ」と言った人がいる。
そうでしょうか?
それは 業界(市場)の話ではないですか?
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ある社会には アートなど必要ないだろうと思います
自然循環が完全に生きている社会では 芸術など 要らないとおもいます。
しかし、ラスコーには優れた絵画(芸術)がある なぜだろう?
いまも 少しも古びない 輝く素晴らしい活きている絵画、ラスコーのひとびとは、鳥や木々や 自然界の同胞たちの美しさを賞賛するだろうけれども
現在の都市人のように偏向することも欠損することも 無かったかもしれない(現代の芸術家のように)。
ラスコーの頃の創造ということには 現在よりももっとシンプルな基点があるということだとおもいます
人間の想像する 最初のころは、人間の形態(暮らし)も 音楽も 踊りも それらは 動物や鳥たちにも 理解できたことだろう
人間もまた 動物の想いや 唄やダンスを理解できたと 想います
動物や鳥たちから 薬草を学び 身支度(着飾り)を学んだと思います
「動物がするように 人間もした」と おもいます
確かにもっと ぼくたちは お互いに近くに居た 心身共に
人間たちは むしろ「動物になりたかった」かもしれない。意識の接近を感じる。
人間にとって自然は生活(生きるための)の脅威だったとおもう。人間は 火を使ったり寒さをしのいだり いろいろ工夫創造しなければならないから…動物たちのように「強く」「賢く」成りたかったと想います。動物たちを恋焦がれたと おもいます。
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描いていて気づいたのだけど 牛の見えないはずの向こう側の後ろ足をラスコーの画家は描いてる
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技術と道具だけでは 「芸術作品」は創れない
想いをだどらねばならない
たとえば、ラスコーに学べばいい
精巧さでは無い 細密描写ではない
ラスコーの絵画には、真の尊敬がある 愛がある
現代アートの動物画家の だれもラスコーの動物画を超えていない。
都市が縄文時代に戻ることもできないし、ジャングルやサバンナには住めないけど 古の民(友人)に学ぶことはできるとおもいます
ラスコーな気持ちで 日々を暮らす 時間を感じてみる
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現行の日本人たちが いかに 不確かな幻影(概念)を 妄信しているか
体内記憶の声を聴く
そのような旅に でる
そのようなとき ぼくは わかる たぶん ちょっと
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アーティストは いろいろなギャップの中に 自覚的に 生きなければならないと おもいます。
自身の定点観測地を持っていること
そして さらに「ひとつ」の 『ギャップ』(変換あるいは偏向誇張された)として 自己を作品浮上さす
◆上の絵・これはアルタミラを真似した◆
◆以下は、たとえば…、ということ◆
およそ 人が「先人に学ぶ」とか「古典を知る」というとき、どのくらい遡って辿るのでしょうか。
ぼくが 彫刻を創りたいのは ぼくが絵を描きたいのは
それは 現代アート云々やら 美術教育云々の影響じゃ無い
ニューヨークのソーホーやら ピカソも ルネッサンスや ギリシャや メソポタミアも 超えて
ラスコー洞窟時代の 「あのときのぼく」が 『描きたい』と 感じた
その想いが ただの一度たりとも 削除されることがなかったということ 遺伝子の記憶
あのときの「ぼく」と いまのぼくは延々と途切れずに繋がっている
だから ぼくは 「描きたい」と 想っているんだ
「ぼく」は 描きたいという 気持ちを 忘れなかった
そうでなければ だれも 絵なんか 描きたいなんて おもわないとおもう。
描きたい人は だれに制止されても 描こうとするでしょう。
現代に生きる人たちは なにかに もがくというか あがくというか わからないけど空を掻く もどかしい 到達できない「何か」 四苦八苦の発露… 絵を描くひとの その「もがき」 それは やっぱり幸せなことだと おもいます
人間って スゴイ そして おもしろい
ぼくたちの ご先祖さまは、よほど 描きたかったみたいだね 創りたかったみたいだね
太古の 想いの「熱い」(純度が高い) は いまも ぼくたちの 体内に 活きている
それは うたがいのない まぎれもない 確かなこと
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ぼくの私感では、アルタミラより ラスコーのほうが 活き活きしてる感じがする。
アルタミラは、息絶えてからの動物を描いていたのかもしれない。
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現在日本での 草食系とか肉食系とか いうような比喩は ぜんぜん意味も価値も無いとおもう。それらは家畜養殖動物園…のはなし。
たどってみよう 体内に
大いなる古(いにしえ)の 彼らの気高さを
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