2015-02-24 05.18.40


創作(世界観への旅路)は すでに 開始(起動)されている

創作の起動に 本人自身が気づくかどうかは あまり問題ではないみたい
「創作」が 体内で始まることが 重要というか大切

そこらへんのことが、ぼく自身が、よく把握できていないです。「自分」の構造が、理解できていないです。
たぶん、そういうことが 「感覚的なこと」ということの 一部なのかもしれないです。
そういうことを、自覚することが必要なのかどうかとか。その自覚を 言語化して 執筆せねばならないのか?
ということについては、ぜんぜん わからないです。そういうことを 熟考できない。

っていうか、それって「何のために?」って おもう。
それって、ズレてないか?

それが 作品なのか?

創作の起動の自覚は、「創作」に必要でしょうか?
そういうことは、かんがえるのも 意味ないとおもう
「どっちでもいい」
たぶん

自分「スイッチ入った」 みたいなことでしょう?
そういうのって  長旅には あんまし 関係ない