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ぼくは 大声を出すと すぐに声がかれるので
鳴り物を持ってゆく ステンレスのボールをスプーンで叩く
探検家のSさんたちと一緒に行きました
18日から19日朝までいました SEALDsのみなさん ありがたう
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まあ いろいろと凹んだけど
失う物は なにもない
金子光晴の ふんどしの詩が好きだ
裸で 意気揚々と歩いてゆく
好きだとは言っても全文を記憶しているわけではない
ので
ネットで探す
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ふんどしのうただと思っていたら、
ネットで探してたら「さるまたの唄」だった
と おもったら 「詩のかたちで書かれた一つの物語」だった
まあ ぼくも
そのようにしている
なるべく
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「詩のかたちで書かれた一つの物語」 金子光晴=原詩
性のわるい疥癬のやうに、貧乏は一生ものだ。あがいても金運はめつたにめぐつて来はしないが、貧乏は資格も 条件もいらない。猿又一つしかない父子の話は、世界のうちでも特別貧しい安南国につたはる伝説。
父と子が二人で
一枚の猿又しかもつてゐないので
かはり番こにはいて外出する。
この貧乏は、東洋風だ。
父のすねには、捲毛があり
子のすねには、うぶ毛、
父には何十年すぎてこの貧乏。
子には何十年をひかへてこの貧乏。
貧乏に吸ひ取られて
ひよろめく人間。
貧乏とは、つまり骨と皮だけで
血と肉の乏しいことだ。
貧乏に泥んだふるい東洋では
人生とは、不自由のことなのだ。
苛斂[かれん]、誅求[ちゅうきゅう]にも甘んじて
いつでも荒地にかへる覚悟だ。
風に吹き散る富貴を蔑み
天から授かつた赤貧をたのしみ、
死んでゆくときのこすものといへば
猿又一つしかなにもないことだ。
父が死んだので、子は
前よりもゆたかになった。
二人で一つの猿又が
一人の所有になつたからだ。
だが、子供が水浴びしてゐるとき
蟹が猿又をひいていつたので
子は誰よりも貧乏な
無一物となりはてた。
そして子は、毎晩夢にみた。
失つた猿又のゆくへを。
誰かがそれをはいて
世間のどこかを横行するさまを。
子は知った。猿又なしでは
泥棒や乞食にもなれないと。
猿又なしでは、人前に
じぶんの死様もさらせないと。
子よ。貧乏なんか怕[おそ]れるな。
岸づたひにゆく女の子を
水から首だけ出して見送る子よ。
かまはず、丸裸で追駈けろ。それが、君の革命なのだよ!
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以下のサイトから 勝手に添付しました。
http://www.takadawataru.com/takadawataru/bbs/16.html
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