ぼくは 大声を出すと すぐに声がかれるので
鳴り物を持ってゆく ステンレスのボールをスプーンで叩く
探検家のSさんたちと一緒に行きました

 

18日から19日朝までいました SEALDsのみなさん ありがたう

2015-09-20 16.32.55


まあ いろいろと凹んだけど
失う物は なにもない

金子光晴の ふんどしの詩が好きだ
裸で 意気揚々と歩いてゆく

好きだとは言っても全文を記憶しているわけではない
ので
ネットで探す

ふんどしのうただと思っていたら、
ネットで探してたら「さるまたの唄」だった
と おもったら 「詩のかたちで書かれた一つの物語」だった

 

まあ ぼくも
そのようにしている
なるべく
◆◆◆

「詩のかたちで書かれた一つの物語」     金子光晴=原詩

性のわるい疥癬のやうに、貧乏は一生ものだ。あがいても金運はめつたにめぐつて来はしないが、貧乏は資格も  条件もいらない。猿又一つしかない父子の話は、世界のうちでも特別貧しい安南国につたはる伝説。

 

父と子が二人で
一枚の猿又しかもつてゐないので
かはり番こにはいて外出する。
この貧乏は、東洋風だ。

父のすねには、捲毛があり
子のすねには、うぶ毛、
父には何十年すぎてこの貧乏。
子には何十年をひかへてこの貧乏。

貧乏に吸ひ取られて
ひよろめく人間。
貧乏とは、つまり骨と皮だけで
血と肉の乏しいことだ。

貧乏に泥んだふるい東洋では
人生とは、不自由のことなのだ。
苛斂[かれん]、誅求[ちゅうきゅう]にも甘んじて
いつでも荒地にかへる覚悟だ。

風に吹き散る富貴を蔑み
天から授かつた赤貧をたのしみ、
死んでゆくときのこすものといへば
猿又一つしかなにもないことだ。

父が死んだので、子は
前よりもゆたかになった。
二人で一つの猿又が
一人の所有になつたからだ。

だが、子供が水浴びしてゐるとき
蟹が猿又をひいていつたので
子は誰よりも貧乏な
無一物となりはてた。

そして子は、毎晩夢にみた。
失つた猿又のゆくへを。
誰かがそれをはいて
世間のどこかを横行するさまを。

子は知った。猿又なしでは
泥棒や乞食にもなれないと。
猿又なしでは、人前に
じぶんの死様もさらせないと。

子よ。貧乏なんか怕[おそ]れるな。
岸づたひにゆく女の子を
水から首だけ出して見送る子よ。
かまはず、丸裸で追駈けろ。それが、君の革命なのだよ!


以下のサイトから 勝手に添付しました。
http://www.takadawataru.com/takadawataru/bbs/16.html